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終戦記念日は嘘?今日は玉音放送で降伏宣言した日、歪む戦後史の正体

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皆様お元気ですか、

名もなきキャリコンこと敬天愛人です。

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大東亜戦争の本当の終戦日 

約72年前の今日

1945年の本日の正午、

昭和天皇の肉声で玉音放送が流れました。

 

 

「私は世界の大勢と大日本帝国の現状を見て、事態の収拾をする。

忠実なる善良な国民へ、私は帝国政府に対し、

米国、英国、中華民国、ソ連の4カ国が提示した共同声明を

受け入れることを通告させた

玉音放送の中身を要約するとこんな内容です。

 

共同声明はポツダム宣言で、それを受け入れたことを昭和天皇が

国民に発したメッセージです。

 

しかし、戦争というのは一方が辞めたと言って終わると思いますか?

 

終わりません。

 

終戦しません。

 

一般的に戦争は

  1. 戦闘行為の停止
  2. 休戦協定
  3. 平和条約の調印

という順序で終わります。

 

昭和天皇が事態の収拾をしたいというのは、

その中の手順の一つにすぎません。

 

実際にソ連軍は、満洲、朝鮮半島北部、南樺太、北千島、択捉、

国後、色丹、歯舞の全域を完全に支配下に置いた

9月5日になってようやく、指示系統すらまともにもたない

日本軍への戦闘攻撃を終了しました。

 

ほぼ、一方的な虐殺と言っていいかもしれません。

 

玉音放送が流れた前後にですよ。

 

日本が終戦工作を始めたのは4月くらいですから、

全て知っているうえで、

アメリカと結託し、ほぼ無傷で漁夫の利を得た上に、

戦勝国に名乗りを上げたのですね。

 

素晴らしい謀略と狡猾な手段を用いた賢い国です。

 

日露戦争での勝利は完全に奇跡なのがよく分かります。

 

では、

本当の終戦はいつなのでしょう・・・。

 

1945年9月2日、

東京湾上の米国戦艦ミズーリ号の

降伏文書署名の瞬間です。

(※戦艦ミズーリは当時の米最強戦艦で、

これ見よがしにハワイに飾られていますね。)

 

これを見ると、ソ連は降伏文書の調印後にも

占領を続けていたことになりますね・・・・。

 

結果を言えば、

この戦勝国4カ国ともに終戦は9月2日という認識なのです。

 

アメリカのトップのトルーマンも、

ソ連のトップのスターリンも、

9月2日にラジオ放送で勝利の日という演説を行っています。

 

 

ポツダム宣言受諾を振り返る

前に述べていた通り、終戦工作は1945年4月には始まっていて、

政府と軍部で意見が対立し、揉めている間に長崎にも原爆が落とされました。

 

こんな時に日本の軍部が何を言っていたか知っていますか?

 

当時の阿南(あなみ)陸将は、

「死中に活を求める戦法に出れば、完敗を喫することなく、

むしろ難局を好転させる公算もありえる」と主義してゆずりませんでした。

 

カッコいい発言ですね。

 

でもこれ、なんの根拠もありません。

 

戦争始める前からこんな希望的観測だけで

真珠湾攻撃してしまうほど悲しいくらい間抜けです。

 

死中に活を求める戦法などないのです。

 

まず武器が無いのです。

どうやって空飛ぶ飛行機や重戦車に立ち向かうのでしょう。

 

原爆をどのように防ぐのでしょう?

 

 

 

こんな長い紆余曲折を経て、

昭和天皇の「防備や武器もままならない状況でどうやって帝都を守るか?

どうして戦争が出来るか、私には理解できない」というお言葉で、

やっとポツダム宣言の受諾が決まります。

 

 

真珠湾攻撃の真実

こうした状況判断の甘さは第二次世界大戦に突入する前も同じでした。

みなさんよくご存知だと思いますが日本の第二次世界大戦への始まりは

真珠湾への奇襲攻撃から始まります。

 

では、この攻撃に対して連合国側は驚いたでしょうか?

 

驚いていないどころか、

喜んでいます。

 

英国のチャーチルは「第二次大戦回顧録」で、

『真珠湾攻撃によって、我々は戦争に勝った』

と言っています。

『これによって米国が参戦し、ヒットラーと日本の運命はきまった。

満身これ感激と興奮で床につき、救われて感謝に満ちたものだった』

そうです。

  

 

ぬか喜びしていた日本以外の連合国の見解はこんなものです。

 

経済制裁・謀略で追い詰められ、半ば誘導された奇襲攻撃の勝利で、

日本は更に慢心し手に負えないほど驕り、破滅へと突き進むのです。

 

真珠湾に空母がなく旧型の戦艦だけしか停泊していなかったのも、

奇襲攻撃でのアメリカ国民の国威発揚、日本の油断を作り出すことも、

全て英国・米国の手の内だったわけです。

 

歴史的にもチャーチルとルーズベルトが日本が真珠湾攻撃をしかけるよう

誘導していたのは事実でしょう。

 

結局、命を懸けて攻めさせる

大義名分を与えてしまった

と言えるでしょう。

 

 

アルマゲドンという大ヒット映画でトルーマンていう役柄出てましたけど、

原爆を許可したの同じ名前のトルーマン大統領ですよ。

気付きませんか?

原爆を隕石に見立てた印象操作ではありませんかね・・・。

 

世界を守ったのは、原爆を使用した我がアメリカ、

トルーマンが指揮したブルース・ウィリス(米国人)だと。

 

近年のイラク、シリア、北朝鮮もたぶん同じです。

大国間の権益の前には、抗えないのです。

 

 

日本軍の机上の空論な戦略

日本が国の命運を懸けて戦う第二次世界大戦、

踏み切る時の日本軍の戦略や状況認識を知っていますか?

 

アメリカと戦うにあたって立てた日本の戦略は、

 

「ドイツ、イタリアと連携して英国を降伏させ、

米国の戦争継続の意志を失わせるようにする

「対アメリカの宣伝と謀略を強化し、

米国世論に戦争に対して消極的にさせる気分を誘発する

 

色々と、突っ込みたくなりますが、

これが戦争直前の公式な立場でした。

 

か、勝てるわけがない。

 

これは戦略ではなく、

 

願望です。

 

自分に都合の良い、あり得ない状況を希望的観測を根拠にして、

圧倒的な戦力を持った強大な世界最強の国を敵に回しました。

 

この都合の良い解釈と甘い見通しを立てて大失敗しておきながら、

反省することなく、国民を欺き続けて苦しめるのです。

 

そして、いよいよ戦局が苦しくなると、

最後は「玉砕」「自害」で責任を取ろうとする。

 

戦争終結を遅らせた陸将の阿南陸相は8月15日、官邸で自刃します。

 

遺書には、

 

『一死をもって大罪を謝し奉る』

と書かれていました。

 

死をもって償おうとしたのでしょう。

 

しかし申し訳ありません。

あなたの命も戦争で散った300万人の一人一人の命も等価値であります。

 

「一死」では「大罪」を償えないのではないでしょうか。

 

考えてみて下さい、教えて下さい。

300万の命の責任をどうやって取るのかを。

 

 

降伏文書とは?

では、日本がなぜ終戦記念日を8月15日に設定しているのか。

それは9月2日を記念日にした場合、

 

終戦記念日ではなく降伏記念日

になってしまうからです。

 

悲しまず聞いてください。

 

日本は8月15日を戦争の終わりと位置付けることで、

『降伏』という厳しい現実から目を逸らし続けている国なのです。

 

私は思います。

『日本は負けた。無条件降伏した』という現実を

受け入れてから再スタートするべきでした。

でも、これも謀略により、させてもらえませんでした。

 

学校教育で無条件降伏について学びましたか?

 

日本が行った最後の戦争の終わりを知らずに生きること、

一番厳しい現実に触れないで戦史を学ぶこと、

日本のために死んでいった多くの同胞に、

我々は何と言って、今の日本を説明したらいいのでしょうか。

 

スポーツでも経営でも、人生でも・・・、

失敗から多くを学びます

 

そういう厳しさが、組織を強くして、

繁栄させていくのではないでしょうか。

 

降伏文書の中身

一言で要約すると、

 

「日本は連合国最高司令官の要求にすべてしたがう」

 

と書かれています。

これを約束したのが、ポツダム宣言であり、

連合国最高司令官はマッカーサーです。

 

これが無条件降伏というものです。

 

天皇陛下や政府が存続していましたが、

戦後のすべての決め事や枠組みはマッカーサー中心で作られました。

 

ですから、言われたことしかできません。

 

ということは当時の吉田茂首相は・・・分かりますね?

政治的に言えば、傀儡で対米追従路線の代表格でした。

 

そんなわけで、自主路線の重光葵先生と10年間政治的な因縁が続きます。

 

重光葵先生は誰もやりたがらなかった降伏文書の調印にサインをして、

文字通り降伏の責任をとった大政治家ですね。

 

当然、こんな人物は後にアメリカ(日本の対米追従派閥)から

排斥されるわけですが 、こんな気骨のある人物が日本にいたことも

忘れないでほしいと思います。

 

 

三か条の布告とは

降伏文書に調印すると、いよいよ降伏の本当の現実が迫ります。

ここでも日本は降伏の意味を甘く見ていました。

 

それは三か条の布告です。

  1. 日本は米軍の管理下、公用語を英語にする
  2. 米軍に対する違反は軍事裁判で処分
  3. 通貨を米軍の軍票とする

というのが最初の布告案です。

 

あれ、日本の公用語は日本語ですよね?

この時にこの布告案をマッカーサーに直談判して取りやめさせたのが

重光葵先生です。

マッカーサーはこの時、大変機嫌が良かったらしく、

 

「日本の言い分は分かった、

私の権限ですべてやめさせる」

とハッキリ言ってくれたそうです。

 

どんな言葉で説得したかはこちらに書いてあります。

 

 

 この時の重光葵先生の歌です。

「折衝の もし成らざれば死するとも われ帰らじと誓いて出でぬ」

 

死んでも帰らないぞ、と言っています。

 

当時アメリカ大統領トルーマンは、

「米国の指令は絶対、交渉の余地は全くない」と言っています。

 

その降伏文書に調印した重光葵先生本人が、

命を懸けて布告案の撤回に動く・・・。

米国に追従しない、自分が正しいと思うことを堂々と主張していきます。

 

彼は昭和のはじめにも、中国との停戦交渉中の式典でテロに遭い、

片足を失っている人ですから、大変な気迫で迫ったのでしょう。

 

なんだか、重光葵先生の話が多くなってしまいましたが、

追従路線の政治家もそれぞれの志を持って、

敗戦処理という難局に立ち向かっていったことは言うまでもありません。

大切なのは偏見ではなく、正しい歴史認識を持つことです。

 

これが、歴史の表舞台、

1951年9月8日のサンフランシスコ講和条約まで続く、

日本が立たされた本当の姿なのです。

 

 

まとめ 

さて、第二次世界大戦が終わって、

日本が敗戦国のまま72年が経ちました。

 

経済大国、GDP世界2位(現在3位)など、様々な経済成長、

復興を成し遂げたといわれる日本。

 

しかし、

これは本当に日本の力であり、日本の本当の姿なのでしょうか。

 

終戦記念日・・・。

 

子供のころから聞きなれたこの言葉に、なんとなく疑問を感じ、

胸騒ぎを感じ始めてこの記事を書いてみました。 

 

北朝鮮情勢

直近では、 緊迫する北朝鮮情勢。

 

北朝鮮のミサイル開発が進み、

すでに核弾頭を搭載して発射できるレベルという報道です。

 

日本でも迎撃用の対空ミサイル配備が、

なんとニュースで普通に報道されています。

 

標的とされているグァムでの現地レポートでは、

笑いながら、

「飛んできてもしょうがないよねキャンセル勿体ないし」という

日本からの観光客の発言も見ました。

 

冷戦が崩壊して以降、これほどの危機は無かったのではと私は思います。

なぜかというと、最近の米国が仕掛けた戦争を思い出してください。

 

イラク戦争

これは自衛隊が後方支援として派遣された戦争でした。

この時、米国の大義名分は3つ

  1. イラクが大量破壊兵器を大量に保有している
  2. イラクは9.11テロを起こしたアルカイダと協力関係
  3. いま攻撃しないとサダム・フセインはいつ世界を攻撃するか分からない

を掲げています。

 

これを現在の北朝鮮情勢に当てはめると、

米国にとっては当時より間違いなく切迫している事態です。

北朝鮮は、

  1. 大量破壊兵器(核弾頭)を保有している
  2. 米国領内のミサイル攻撃が現実的(グァムが射程範囲)
  3. 金ジョンウンはいつどこを攻撃するか分からない

こんな状況下です。

 

第二次世界大戦を誘導された日本と似ていませんか?

苦し紛れに追い込まれ、最後は権益を持っていかれる・・・。

 

そして、北朝鮮は隣国と言える距離ですよね。

では、米国を守る防波堤の役目をしている国はどこでしょう?

 

そうです。

 

韓国と我々日本です。

 

私の見解ですが、日米同盟、いわゆる核の傘というのは、

アメリカの権益を守るための都合の良い文句です。

 

将棋に例えればアメリカという「王」を守るための

駒が日本と韓国です。

 

飛車であろうと、歩であろうと、駒は駒です。

 

王手飛車取りで、飛車を逃がすバカはいません。

絶対にアメリカは自国を犠牲にして日本を守りませんよ、きっと。

 

しかも日本と韓国を組ませないように巧みに軍備を配置して、

目に見えない支配を継続しているのがアメリカです。

 

北朝鮮も恐らくロシアと中国の傀儡にすぎないのでしょう。

 

そして、

現時点で限りなく戦争が始まる可能性が高い緊張状態にあるのです。

 

歴史認識を踏まえて、敗戦国として学んだ教訓を踏まえて、

これから日本の政治家や国民はどうすべきか。

 

 

終戦記念日に思いを馳せて記事にしました。

日本のために戦い、

国を守ってくれた全ての英霊に黙祷を捧げます。

 

 

参考文献

 

 

お読みいただきありがとうございました。

 

帝国陸軍の戦い、戦史を知りたい方はこちらの過去記事もどうぞ。 

www.careerlife.jp

戦争にまつわる私の守護霊と平和祈念の話です。

www.careerlife.jp

 

 

 

 

 

機動部隊の空戦の話はこちらの本をおススメでします。

 

 

 

 

 

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